置かれた場所で咲きなさい マザーテレサ
私にとっては非常に酷な言葉であり、偉人の言うことはさすがだわとある意味で感心する。
父方の祖母と同居している実家には、居場所がなかった。
誰も彼もが自分の生活やプライドを守るために、ぎすぎすしていた。
子供(私と弟)は、親の笑顔が見たくて必死に頑張ったけど、日によってそれが親の喜びにもなり怒りにもなる。
あそこで、どうやって花を咲かせろというのか。
結婚しても、その髪色は!その服装は!化粧なんて必要なし!大きな車に乗るな!姑に歯向かうな!と、ことあるごとにちくちくと言われ続け、話を聞いてくれたこともない。
そのくせ、我が家に来ては祖母の悪口を言い、母が家出をしたから探してくれと父に泣きつかれ、私は子供でありながら精神はあの人達の親の様だった。
私は、置かれた場所を変わる勇気がなかった。
これ以上の努力をする気力も、無かった。
でも、親から離れてみて(置かれた場所を変えた)、花を咲かせる世界がこんなにも広いのかと、半世紀ほどたってやっと気付くことができた。
家族みんなでご飯を食べる時の会話、好きな服を着られる嬉しさ、相手の感情に怯えなくてもいい穏やかな空気、ショートケーキを家族で取り合う時間・・・。
とても小さなことが、とても幸せなんだとおばさんになって気付いた。
気付くことすら許さなかった親がどう枯れ果てるのか、私は遠目から見届けたい。