私の弟の名前は、山田 大地(仮)という。
苗字の最後の音と、名前の最初の音が同じなので、小学生になってすぐの時は、《やまだいち》と言う時もまれにあった。
その《まれ》な間違いが、父は許せなかったらしい。
弟は言葉が遅く、3歳頃になって一気に話すようになった。
単語もなかなか言えずにいたし、父は仕事で帰宅が遅いから、喋った時に遭遇することがない。
母に「あいつは病気だから、調べてもらえ。」とよく言っていたらしい。
世間体を気にする父が、言いそうな事だった。
弟は、父の顔色を見る子だった。
だから、緊張して《ぼくのなまえは、やまだいちです》としか言えなかったのだろう。
そして、「お前は、自分の名前も言えないのか。」と怒鳴られ、《やまだ だいち》と正しく何回も続けて言えるまで言わされる。
それを聞きながら、弟が可哀想で仕方がなかった。
父が怖くて、よく嘘をついて取り繕っていた弟。
「お前みたいに嘘つきは、性根を入れ替えるためにも武道を習え。」と剣道を習わされた。
辞めることも許されず、なかなか強くなれないことを怒られ、9年間よく頑張ったと思う。
弟はグレて、たくさん悪いことをして、この土地に住んでいられなくなって、他所で家庭を持った。
よそ様から見たら、少し厳しい両親くらいな感じだけど、本当に両親が怖かった。
「嫌なら出ていってもいいのよ。でもね、あんたが着ている服を買ったのは親だから、裸で行きなさいね。あっ、下着だけは許してあげる。靴もなしね。その覚悟があるの?。」と笑いながら言う母。
そんなことを言う両親だなんて、誰も信じてくれなかった。
弟は普段着でふらっと居なくなった。
16歳で家出をして、仕事をしながら一人で生きて、家庭を持った。
あの人達の恐怖を振りほどくのに、どれほど勇気がいったことだろう。
弟の方が怒られていたし、辛い思いもしただろうけど、心は健康である。
私が心の健康を崩したのは、私の行動力のなさだったのかと今頃になって後悔している。
あの人達が《孤独の恐怖》に震え、人生を振り返る日が来るのだろうか。
私には、手を差し伸べる力は使い果たして残っていない。