精神的な病気になり、治療しながら共存している私ですが、人間的な《地の部分》も問題があるんだろうなとは自分なりに思います。
親が「わたしを見て。わたしを誉めて。わたしを慰めて。」というタイプなので、自分の感情を堪えないと生きていけない家庭でした。
そのまま成長したので、《感情を出す》ことが極端に苦手だし、そういった感情は嫌われる・ダメ人間に確定されると思ってしまうのです。
鬱になる要素は、バッチリあったんです。
実家にいる時は、危ういけど辛うじて猫かぶりの私で生きていました。
結婚して、姑が母以上に《かまってちゃん》だったので驚きました。
機能不全家族で育った私は、どんなに隠していても同じにおいのする家庭がわかります。
夫の育った家庭も、そうでした。
でも、姑は《男の子だから》という理由で、愚痴や不満を夫と義兄にほとんど聞かせていません。
《男の子だから》たとえ母親とは言え、女の悩みはわかってもらえないという意味の話は、耳が腐るほど聞きました。
物は言いようですね、おかあさま。
さて、タイトルに書いた人を鬱にさせる人がいるのは事実だと思います。
この項目に関して、私対姑の関係だとほぼ当てはまります。
姑が確実に上位に立てる相手に関しては、当てはまります。
姑との関係にひびが入って、絶縁状態にある舅弟のご夫婦や私、亡くなった夫のおばあちゃん(舅の母親)は、気分屋の姑に翻弄されてきました。
そして、最近は舅がなんだかおかしなことを言うようになってきました。
認知症か?うつ病か?どちらが先に発症したのかは夫の話ではよくわからないけど、私から見ると、うつ病のほうが先なのでは・・・と素人ですが感じます。
最近はあちこちの精神科に罹っています。
多分、姑が思う言葉を医師が言ってくれないから、「そうじゃない。わかってない。」という感覚なんだと思います。
私は、姑も診断してもらう必要があると思うんです。
実は、私の症状がひどい時に、姑にも病院に行き医師から説明をしてもらったことがあるんです。
後日、医師からは「あの人からは、物理的にも精神的にも離れないといけません。そうしないと、よくなりませんよ。逃げないといけませんよ。」と言われました。
舅がまさか・・・とは思っていましたが、姑の負のパワーは年をとるごとに強くなっています。
褒めて欲しい・認めて欲しいと思う気持ちが、当たり前の賞賛の言葉では全く足りない人なんです。
人を鬱にさせる人は、いると思います。
みんな気付いてるけど、私を含め言えないんです。
怖いんですよね。
結局、姑は自分のパワーで墓穴を掘った生活になってしまいました。